ものごとにちゃんと(ちゃんとというのは、継続してということですねえ)取り組むということがこんなに良い効果を生むものかと、この歳になって、新たな喜びを伴って実感している。
若い頃は、したいことがいっぱいあるなかで優先度の高いことしか取り組めない(それはいつもそうだが)ので、優先度の低いものは後回し。
いったん後回しにしたら、そのことから遠ざかってしまい、興味を失うか、その意義を自発的には感じなくなってしまい、そのことに取り組むのを再開することがほとんどなくなる。そうして、忘れてしまう。
何がその優先度を決めているのか、それは、年とともに変化するような気がする。
興味のあること、情熱を傾けられるものは歳とともに変化する。
子供のころ、中学生くらいまでは、遊びだったなあ。
やや早熟であった僕は、中学の後半から学生時代を通じて、勉強したくてたまらんかった。
けど、当時の貧しい家の僕、健康に恵まれていないと思い込んでいた僕は、それに邁進することができず、金銭的な安定を作ることにウェイトを置いていた。
けど、金銭に執着はなかったから、多くは本代に消えたけど、一番、大きかったのは健康への不安。
「勉強も遊びもほどほどにしないと身体を壊す」と、身体の弱かった父がいつもいっていたことが身体に刻み込まれ、「とことん体力を使う」ことを避け、休みを取っていたのだ。
ある時期を過ぎて、自分が健康体でありかなり強靭(?)であることを感じて、それ以降は、平気で無理をするようになったけど、
本当は、不安がある。
不安は、努力によって削減できるということを、ほんとうに知ったのは、いつだっただろう。
でも、遅くなくてよかった。
冒頭、ものごとにちゃんと取り組むと書いたが、それは、ちゃんと努力を継続するということ。
科学的に良いのかどうかはわからないけど、きっと、良いにちがいないということには、継続して取り組む。
この膝の痛みということは、ほとんど老化現象だと人々はいう。それが科学だと。
だけど、自分でこうしてやってきて、確実に、痛み度数は減っている。
次の一ヶ月はどうか。
継続してみよう。